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2007年9月の8件の記事

『クロエへの挽歌』

マージェリー・アリンガム/井伊順彦訳/新樹社

 上演中のミュージカルに対するいやがらせが立て続けに起こっているので、そのことについて調べて欲しいという依頼をミュージカルの主演俳優ジミー・ステインから受け、ミュージカルの原作者であり知人でもあるファラデー氏とともにステインの楽屋を訪れた探偵のアルバート・キャンピオン。ステインの話によれば、いやがらせはミュージカルだけにとどまらず、自宅のほうでもおこなわれているらしい。翌日、自宅に来て欲しいとステインから言われ、キャンピオンは、ファラデー氏とともにステイン家をたずねる。ところが、その最中にもおかしなことが起こり、その上、ステインの家に滞在していたステインの共演者の女優が亡くなってしまい……。

 主人公のキャンピオンをはじめ、脇役陣も個性派ぞろいです。キャンピオンは、調査を進めるうちに生じてしまった自分の悩みのために調査から身を引きたいと思ってしまったり、自分が好感を抱いている人物が怪しく思えてくると心がざわついてしまったりするような、とっても人間味のある探偵です。以外な結末には驚かされましたが、最後にはほろっとさせられました。そして、日本語のタイトル『クロエへの挽歌』の意味も納得しました。後味のいいミステリです。1930年代という設定ですが、決して古い感じはせず、物語がミュージカルのシーンから始まったり、登場人物の多くがミュージカルの関係者だったりするせいか、華やかな雰囲気も漂っています。そんな中に、ユーモアも含まれていたり、ほろっとさせられるようなシーンもあって、物語性も楽しめるミステリでした。
 キャンピオンものはシリーズとなっているようなので、シリーズのほかの本も読んでみたいです。

 
 

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『ミス・ポター』

ミス・ポター

 絵本『ピーターラビット』の作者ビアトリクス・ポターが、出版社に絵本の持ち込みをして出版されるようになったころから、子ども時代に避暑に訪れた湖水地方に移り住み、開発業者の魔の手から湖水地方を守るために少しずつ土地を買い始めるようになったころの話です。
 女性が仕事をすることが難しく、しかも、社会的な身分の違いを気にする人が多かった時代。夢をかなえること、友情、愛情、自立、親子間の葛藤と愛情、などさまざまなことが織り込まれていました。

 映画の中にピーターラビットたちが登場するシーンは楽しく、また湖水地方の景色は雄大で本当にきれいでした。

 久しぶりに映画館で映画を見て、やっぱり大画面で臨場感あふれる中で見るのはいいなあ、と思いました。映画館通いを復活させたいな。
 

 

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『翳りゆく夏』

赤井三尋著/講談社文庫

 東西新聞社人事厚生局長の武藤は、ある朝、社長に呼び出された。翌年の採用内定者の一人が誘拐犯の娘であることが、ある週刊誌に載ってしまったのだ。社長に無断で興信所を使っていた武藤には、その内容が事実であることがわかっていた。だが、その娘は優秀だったために最終面接まで残ったのだし、採用するのは個人であって父親が誰かは関係ないと思ったから、最終面接をする重役たちには、そのことは伝えずにいたのだ、と答えた。社長は、至急、その娘に会って事情を説明するよう、そして、興信所を使うことを辞めるよう、また、決してこのために娘が採用を辞退することなどのないようにしろ、と武藤に命じた。一方で社長は、過去にある事件を起こして資料室勤務になっている梶という社員に、密かにその事件を調べなおすように、とも命じた。奇しくも、武藤と梶は、20年前にその誘拐事件が起きたとき、事件の起きた地域を担当する支局にいたのだった……。

 武藤は採用内定になった娘に謝罪するとともに、彼女が採用を辞退することのないように働きかけ、梶は20年前に事件を担当した警察や事件に関係のあった人々に話を聞いてまわり、少しずつ事件の核心にせまっていく……。

 中学生になったときに、育ててくれた両親から実の父親が誘拐事件を起こしたことを聞いて衝撃を受けながらも、自分の親は育ててくれた両親だけだと言ってけなげに生きてきた娘は、新聞社への就職をあきらめてしまうのだろうか……。
 最後はとても衝撃的でした。

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検事 霞夕子『風極の岬』

夏樹静子著/新潮文庫

 北海道釧路地検・帯広支部長になって帯広に単身赴任している検事、霞夕子の担当する事件が、北海道ならではの自然、気候、風物などを交えながらつづられている短編集。それぞれの短篇の始まりと終わりが、東京に残してきた夫宛に夕子が送るパソコンのメールという形になっている。

 一つひとつの事件が、北海道ならではの自然、気候、風物などの絡まったものとなっているため、それらについても楽しめます。

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『記憶をなくして汽車の旅』

コニス・リトル/三橋智子訳/創元推理文庫

 「わたし」は目を覚ますと、オーストラリア大陸を横断する汽車に乗っていた。付き添ってくれていた女性の話では、自分ともう一人の女性は上の寝台から荷物を下ろそうとして、その下敷きになってしまったらしいとのことだった。そして、もう一人の女性は腕の骨を折ったので途中駅で降ろされて病院に搬送されたという。だが、「わたし」は、自分がだれなのか、そして、どうして汽車に乗っているのかがわからなかった。
 「わたし」はとりあえず自分の持ち物の中身を調べて、名前はクレオ・バリスターで、28歳の独身のアメリカ人だということがわかった。そして、持っていた手紙から、初めて会う親戚のジョーおじさんたちと途中駅で合流して、おじさんたちの住んでいる町を訪れようとしているところらしい、ということなどもわかった。けれども、自分が持っているスーツケースの中に入っている服は好みに合わないものだし、おじさんと一緒に途中駅から汽車に乗ってきた親戚のジミーからは、この前の7月に変装して自分たちのところに来てジョーおじさんの兄を殺しただろうと脅迫されるし、挙句には殺人まで起こり……。

 少しずつ記憶が戻ってきてはいる「わたし」だが、なかなか完全には記憶が戻らない。記憶が少しずつ戻ってくるようす、ジョーおじさんのお兄さんの死に関する謎、汽車の中で起きた殺人の真相……が絡まりあって、少しずつ解けていくようすを楽しめました。オーストラリアでは州ごとに線路の幅が違うため(この作品が書かれた1940年代の話で、今もそうかどうかはわかりませんが)、大陸横断列車といえども、汽車が州を越えるたびに汽車を乗り換えなければならないことや、アボリジニの話など、オーストラリアならではのトリビアも楽しめました。

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『ウォンドルズ・パーヴァの謎』

グラディス・ミッチェル/清野泉訳/河出書房新社

 月曜日、ロンドン郊外にあるウォンドルズ・パーヴァという村に屋敷を構えるルパート・セスリーから遺言書を変更するという理由で呼び出され、弁護士のグレイリングがセスリーの家をたずねていくと、従弟だというレッジーから、「ルパートは今朝、アメリカに行ってしまったんです」と言われる。そして、火曜日の朝、村から少し離れたボスベリーの市場の肉屋に、頭のない人間の裸の死体がぶら下がっているのが見つかる。アメリカに行ったと言われているが不審な点のあるルパート・セスリーの体ではないかと警察は考えるが、頭が見つからないため断定できずにいる。
 そして、村に住む精神学者の女性が、その謎に探りをいれはじめ……。

 登場人物が多彩なため、あやしいと思える人間がたくさんいて、いろいろなことの起こるたびに犯人と思える人が変わっていき、その様子がみごとだと思いました。そして、真相も……。おもしろかったです。頭のない裸の死体、と考えるとちょっと怖い気がするかもしれませんが、読んでみると全然そんなことはなく、どこかとぼけた雰囲気を楽しむことができました。訳者あとがきによれば、作者はクリスティやセイヤーズと同時代の人だそうですが、未訳の作品もあるそうなので、それらの作品も訳されるといいなと思いました。

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『灯台』

P・D・ジェイムズ/青木久恵訳/ハヤカワ・ミステリ

 イギリスのコーンウォール沖にある小さな島、カム島は、ホールカムという一族が所有しているが、ホールカム家は、この島とそこにある不動産を信託資産として、島に住む人々や短期間滞在する人について細かな規則を設け、一般の人が自由に島に出入りできないようにしていた。ところが、その島の灯台で、滞在中の作家が首を吊るという事件が起きた。そして、それには他殺の可能性もあった。島では近々、首相が極秘の国際会議を開くことになっていたため、ダルグリッシュ警視長たちにその捜査が任されることになった。
 作家の死は自殺なのか他殺なのか? 他殺なら、なにが原因で、だれが、どうやって殺したのか? 
島に滞在している人数は少ないが、だれもに動機があるように思える中、ダルグリッシュたちはどうやって真実を探るのだろう? 途中、ダルグリッシュにある危機が訪れ、そのあいだ、警部であるケイトと部長刑事であるベントンが協力して捜査を進めていくのだが、ベントンを過小評価していたケイトは少しずつ、ベントンを認めるようになっていく。

 島に滞在している人々の背景が細かく丁寧に書かれ、それを捜査するダルグリッシュたちの様子も丁寧に書かれています。ダルグリッシュが主人公のこのシリーズは長く続いてきているもののようです。読み応えのある一冊でした。

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『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

桜庭一樹著/富士見ミステリー文庫

 山田なぎさ。13歳。中学2年生。10年前の大嵐で、猟師だった父が亡くなり、今は母と兄との3人家族。そして、ある問題を抱えている。
 そのなぎさのクラスにある日やってきた転校生、海野藻屑。自分のことを「ぼく」と呼び、自分は人魚なんだと言った。足をひきずって歩き、いつも大きなペットボトルを持っていて、しょっちゅうそれを飲んでいる。そんな2人が少しずつ近づいていき……。

 自分は人魚で、、人魚には10年に一度繁殖期があり、そのとき天気予報にはない大嵐がくる、そして今年はその年にあたるのだ、という藻屑のことばから、始めはファンタジーかと思いましたが、そうではありませんでした。最後は、すごく悲しい。こういう立場で、それをどうにもできない状態、周囲の人間は、それをほおっておいてはいけない!! と思うけれど……。 

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