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2007年10月の5件の記事

『クドリャフカの順番 「十文字」事件』

米澤穂信著/角川書店

 省エネ少年、折木奉太郎の通う高校で文化祭が始まった。だが、奉太郎の所属する古典部では、ある問題を抱えている。文化祭で販売することになっている文集「氷菓」を、30部印刷する予定だったのが、間違えて200部印刷してしまったのだ。これが大幅に売れ残ってしまったら、大赤字になってしまう。なんとかして売らなければならない。
 一方、文化祭が始まってみると、あちこちで事件が起きていることが判明した。その事件を解決することで、古典部の名を広めて文集の売り上げを伸ばすことができないか、とあれこれ画策する奉太郎たち古典部員。
 奉太郎たちは事件を無事解決することができるのだろうか? そして、たった3日間の文化祭のあいだに、200部もの文集を売り切ることができるのだろうか? 

 省エネ少年、折木奉太郎を主人公とするシリーズの3作目です。

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『愚者のエンドロール』

米澤穂信著/角川文庫

 折木奉太郎の通う高校は今、夏休みだが、二学期に行われる文化祭の準備のために登校している生徒が大勢いる。この学校は文化祭が盛大に行われるのだ。奉太郎たち古典部のメンバー(4名)も、文化祭で販売する文集「氷菓」作成のために連日登校している。
 そんなある日、古典部員の一人、千反田えるが二年生のクラスで作っているビデオ映画の試写会があるから見に行こう、と部員たちを誘った。
 だが、見せてもらったビデオは途中で終わっていた。二年生の説明によれば、脚本を書いた生徒は脚本を書くことに精神的に参ってしまい、それ以上は書けなくなってしまったため、撮影も途中までで止まっているのだという。脚本を書いた生徒に結末をどのように考えていたかを聞けない状態なので、何人かのクラスメートが続きを考えているので、その内容を聞いて、ミステリとして矛盾がないか判断してほしいというのが、奉太郎たちを試写会に呼んだ二年生の目的だった。どうして奉太郎たちに、こんな話が舞い込んだのか? そして、その先はどう展開していくのか……。

 同じ著者の『氷菓』に続く、省エネ少年折木奉太郎を主人公とするシリーズの2作目です。

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『名画の言い分』

木村泰司著/集英社

 西洋で画家が自分の好きなように絵を描くようになったのは18世紀以降のことで、それ以前(古代ギリシアから)の西洋美術にはメッセージが込められていた。だから、18世紀以前の西洋美術は見るものではなく、「読む」ものなのだ、というのが、この本の趣旨。

 本書には、古代ギリシアの彫刻から19世紀末に描かれた絵画まで106点の西洋の彫刻や絵画がカラー写真で収められており、その一つ一つについて、どのようなメッセージが込められているのか、が解説されています。 古代ギリシアの彫刻に支えがなくなったのは、どうしてなのか? 古代ギリシアの彫刻は男性の場合、神様でも運動選手でもヌードなのだが、それはどうしてなのか? などから始まって、とても興味深い内容となっています。
 時代の流れ、宗教とのかかわりあいを通して発展してきた西洋美術の、2400年近い歴史を知ることのできる本で、初心者にとっても、わかりやすく解説されています。
 もちろん、この一冊を読んだからといって、すぐになにもかもわかるようになるわけではありませんが、この先、西洋美術を見るときには、今までとは違った見方をするようになることは間違いないでしょう。

 

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『氷菓』

米澤穂信著/角川文庫

 「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」がモットーの“省エネ少年”、折木奉太郎は、高校入学後、あることがきっかけで「古典部」に入部する。そして、そのモットーにも関わらず、古典部で一緒になった好奇心旺盛な同級生の抱く疑問を一緒に解かざるを得なくなり……。


 
 高校生たちが繰り広げる学校生活の中で起こる謎を解く話なので、最初のころは気軽に読めますが、少しずつミステリの度合いが濃くなっていく感じです。
 大人でも、高校時代を懐かしく思い出しながら読むことができます。
 でも、主人公たちと同世代の高校生が読むと、どんな感想をもつのかな?

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『犬はどこだ』

米澤穂信著/東京創元社◎ミステリ・フロンティア

 25歳の紺屋長一郎は、大学を卒業し、高い求人倍率をくぐり抜けて無事銀行員となったものの、病気でやむなく退職し、故郷の町に帰ってきた。気力をなくし、無為に日々を過ごしていたが、貯金も底をつきそうになってきたため、なにかをやらなければ、という気持ちになり、犬捜しを専門とする〈紺屋S&R〉を開業した。だが、相変わらず気の抜けた状態だ。

 そこに持ち込まれた依頼は、なんと人捜し。東京で一人暮らしをしていた孫娘宛の郵便物が祖父である自分のところに送られてくるようになり、そうしているうちに、孫娘は仕事も辞め、それまで住んでいたアパートも引き払っていたことがわかった。だが、両親にも、自分にもなんの連絡もないままである。郵便物が自分のところに送られてくるように孫娘が手続きをしたということは、きっと、このあたりにいるはずだから、捜してほしい、という依頼だった。紺屋は、断りきれずに引き受けてしまう。
 そして、翌日には、高校時代の部活の後輩が雇ってほしいとやってくる。そして、断ろうとしているところに2件目の依頼が舞い込み、行きがかり上、後輩を雇うことになってしまう。

 開業早々2件も依頼が持ち込まれ、後輩が雇ってほしい、とやってきたのには、わけがあった。町役場に勤めている友人が、仕事を始めた紺屋のためにと思って、顔の広さを利用してあちこちに声をかけてくれていたのだ。依頼は2件とも犬捜しではなかったが、引き受けてしまったため、最初の依頼を自分が担当し、2件目の依頼を後輩に担当させて調査が進んでいくが……。

 気力をなくしているとはいえ、引き受けたからには、そして後輩を雇ったからには、それなりに働く紺屋が、調査を進めるのと並行して、少しずつ気力を取り戻していくようすも描かれています。力の抜けている主人公は、同著者の『春期限定いちごタルト事件』などに出てくる小市民を目指す高校生の大人版、という感じがしました。最後の一文には笑ってしまったけれど、これが現実だったら、笑ってなどいられないですね~。

 

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